投球障害肩のメカニズム

投球するとなぜ肩や肘が痛くなるの?

MRI、動作解析、力学解析、統計解析を駆使して、その謎に迫ります。
投球障害が起こるメカニズムをビジュアライズして表現しました。


スポラボでは、光学式3次元モーションキャプチャーシステムを用いた動作分析の研究を行ってきました。

 

この研究によって、投球動作中にどのような負担がかかるのかを調べ、その負担をビジュアライズして表現することができるようになってきました。

スポラボでは、動作分析だけなく、野球選手のMRI撮影や肩の力学解析(有限要素法)なども行い、障害に対して多角的に分析と検証を行っています。

 

私は、整形外科医になる前は、放射線科医として医療に従事しておりました。放射線科ではMRIやCTを主に読影する業務に携わっていたので、そのノウハウを研究にも生かしています。

 

それでは、まず、このMRIの研究から始めて、投球障害のメカニズムを解き明かしていきましょう。

 

 

 

 我々は48名の大学野球選手を対象に、無症候期(つまり痛みがないとき)に、野球の現場でMRIを用いた調査を行いました。

その結果、大学野球選手の肩関節には無症状にもかかわらず、様々な異常所見がありました。

上腕骨頭に異常所見を認める選手は2人に1人肩峰下に異常所見を認める選手は3人に1人はいました。

この選手たちを1年間前向きに追跡調査してみますと、上腕骨頭の後外側上方部にMRIで異常信号を認めた選手は、認めなかった選手に比べ、20倍も痛みを発症しやすいことがわかりました。

また、肩峰下滑液包に異常信号を認めた選手は、認めなかった選手に比べ、6倍も痛みを発症しやすいことがわかりました。

つまり、こうしたMRI上の異常所見は、発症に対する危険因子と考えられ、発症の前兆である可能性が高いといえます。

 

というわけで、大学野球選手の肩関節の中では、無症候期(痛みなく、元気に野球をやっている状態)であっても、すでに病変ができていることがあります。これは、結構ショッキングでして、病変は水面下で進行しつつあるのです。

それでは、こうした病変はどうしてできるのでしょうか?

医学的には、関節内インピンジメントとか肩峰下インピンジメントなどと言われます。肩関節はもともと不安定な関節であり、上腕骨頭はいわゆるグラグラしています。そこに投球動作を行いますと、上腕骨頭はそのグラグラした関節の中で、いろいろな組織に衝突現象を引き起こします。この衝突現象のことをインピンジメントといいます。

このインピンジメントが一球ごとに繰り返されることで、肩関節内にさまざまな病変が形成されると考えられています。

しかし、どのような投球動作だと、こうした病変ができやすいのか?それはこれまでよくわかっていませんでした。

 

 

 

そこで我々は、投球動作によって、肩関節にどこに負担がかかるのかを光学式モーションキャプチャーシステムを使って、調べていくこととしました。このとき、従来の一般的な肩モデルでは上記のインピンジメント現象を表現することができないため、我々は、このインピンジメント現象を如実に表現できる新しい筋骨格モデルを開発しました。

 

 

 

 

 

筋骨格モデルの作成風景を左に動画で示します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

モデルが作成できたら、次は投球動作を組み込んで力学解析を行いました。力学解析で知りたいことは、投球動作中に上腕骨頭はどこに衝突して、どのくらいの力が生じるのかということです。

上腕骨頭が肩峰にぶつかると、「力の作用点」ということころで、緑色の矢印がでます。その時の接触力の大きさをグラフの緑線で示しました。

上腕骨頭が関節窩にぶつかると、「力の作用点」ということころで、オレンジ色の矢印がでます。その時の接触力の大きさをグラフの赤線で示しました。

 

投球動作中のインピンジメントをビジュアル化して示します。

 

この動画をMRI用いて検証した研究結果をこちらに示します。 

 

 

 

 

 

 


さて、今度は、この力学解析の結果をもとに、肩障害が減る動作をコンピュータ上で作ってみました。

 

このシミュレーションでは、大学野球選手の投球動作データ、MRIデータ、肩痛の発症データ(前向き研究)、球速データからなるデータベースを主成分分析と最適化手法を駆使することで作りました。

 

シンセサイザーの詳しい説明はこちら

 

シンセサイザーの詳しい原理はこちら

 

 

 

 

 

肩障害が減る動作を実際に作っていきますが、一つ条件をつけます。

その条件とは、パフォーマンス(球速)は下げないことです。

 

このように、

「パフォーマンスを下げずに、肩障害が減る動作」

という2つのニーズを同時に満たす動作を作ってみたいと思います。

 

 

 

 

 

ニーズの設定はスライドバーを用いて行います。

 

パフォーマンスを下げないようにするには、この球速のスライドバーを固定します。その状態にしたまま、今度は2段目の投球障害肩のスライドバーを右と左に動かすことによって、肩障害が生じやすい動作と生じにくい動作を求めていきました。

 

 

 

 

 

 

 

こちらが、肩障害が生じにくい投球動作です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらが、肩障害が生じやすい投球動作です。

 

着目すべきポイントは、

① 左脚(踏込足)の接地位置

② 体幹の傾き

③ 右肘(投球側)の高さ

です。

これらの一つ一つが単独で起こる分には問題ないのですが、

これらの3つが連動して起こると、肩障害が生じやすくなります。

 

さきの2つの動作を重ねあわせて違いを見てみます。

 

クリアに見えているほうが、肩障害が生じやすい動作。

ボヤケて薄く見えるほうが、肩障害が生じにくい動作です。


上記の動画の重要なフェーズを静止画で示すとこのようになります。